「白ちゃん、今日は皆既月食だって」
わたしがそう言うと、
そばにいた白龍ちゃんは、空を見上げながら、
しっぽをふわりとゆらした。
「うん、ぼくたちにとってはね、“祈りがうらがえしになるとき”なんだよ〜」
「祈りが、うらがえし?」
「うん。いつも月って、太陽の光をうけとって、
まわりをやさしく照らしてる存在でしょ?
ぼくたちはそれを“受けとる器”ってよんでるの」
「でもね、皆既月食のときは、その光がいったんかくれちゃう。
だから、“外からの光”じゃなくて、
“自分の中にある小さな光”がにじみ出る時間なんだ」
月がすこしずつ影におおわれていく。
白龍ちゃんの言葉に、わたしは思わず深く息を吸いこんだ。
「人の気持ちや想いもね、
ふだんは外にむかって動いてるけど、
月食のときは、それが“自分の中”にもどってくるんだよ〜」
「だから、なんだか理由もなく不安になったり、
昔の気持ちをふと思い出したりすることもあるんだ」
「たしかに……わたし、今日ちょっと落ち着かないかも」
実際、今日、びっくりするくらい久しぶりの思い出が出てきて
ボロボロと涙を流してしまったんだった。
でも、それも今必要なタイミングだったって、本当によくわかる。
「月食は、“気持ちのふり返り”の時間。
本音がふっと出てきたり、
心の中の“澱(おり)”みたいなのがふわっと舞い上がったりもするんだよ」
「だからね、あまりあれこれ動こうとせずに、
静かにすごすのがぴったりなんだよ〜」
空を見上げると、月がだんだん細くなってきた。
「白ちゃん、この欠けていく月の赤色って、なんだか不思議だね」
「うん、それはね、“人の心の中の奥の光”が、
ほんのりにじみ出てる色なんだよ」
「月が、人の気持ちをやさしくうつしてくれてるの。
あまちゃんも、自分の中の“まだ言葉になってない気持ち”を、
そっと見つめてあげてね」
わたしは、そっと目を閉じた。
光がかくれる皆既月食の夜。
これは、ただの“暗さ”じゃなくて、
「自分の心に出会う」ための、
静かで大切な時間なんだと思った。
空の高いところで、細ーくなった月がゆっくりと光っている。
もうまもなく皆既月食になる。
それを見ていたら、
わたしの胸の奥も、なんだかあたたかくなってきた。
「祈りのうらがえし」
またくる明日。
自分に向けた祈りのおかげで、多くの人が優しくなれるかもしれない。
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